Starring:my name

ごらんになりましたか

赤ワイン一本でピクニック

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良い音楽とシナモン付きのミルク紅茶があるので、まんぷくのあおむしみたいに満足。土曜の夕方。定期的にレイ・ブラッドベリを読むのだけど(すきだから)、やっと『華氏451度』新訳版だそう。この間はたしか、『黒いカーニバル』だった。最近のものになるにつれ、なんだか自分よくわからないまま読み進めている‥という感覚を持ちがちなのだけど、初期の方のものは、比較的はっきりしていて、わかりやすい。ブラッドベリの、子供の表現の変遷、追いたい。

わたしは子供がどうもすきで、会ったり、ふとした拍子に触れ合うことをひどく楽しみにしている。と同時に、なんだか怖い存在でもある。7つまでは神、人間より他のものに近いというか、自分とは異なるルールで過ごしているからかな。自分より小さくて、すべからくかわいいと感じるのだけど‥

『黒いカーニバル』の子供の、なんだろうあの残忍さ、宇宙人のような存在で。

SFを志向することとアートを志向することはどこか似ている。なんだろうな、前進する想像力。

 

そう、元気と体力さえあれば大音量のジャズは歓迎。「歳は十七で、頭がイカれてるの。」

 

子供と大人と、もっと共存できればいいのに。物理的にもそうだし、大人になってから新しく学んだり知ったり触れたり、自らでもそっと誘導されてでも、もっと自然に当たり前になればいい。自分を固めてしまうことはつまらないよ。心理的な防御機能だとしたら、それ、ほどけたらいいのに。どうやって?住み分けの心地良さの中に、ちょっとだけでも、アートの手法が入れば。アートを学ぶっていうのは、社会学を学ぶのと同じような意味で、手法とかものの見方、考え方の類のことでもあるから。

サリンジャーの繊細さは、一人きりの問答により、独自の世界を固める。読み手によっては、ありのままの他者を、現実を、受け付けないといえるのかもしれない。従軍経験の心理的な傷のようなものが、過酷な現実を生き抜くための防衛として、確固たる別世界を欲する。ストレス過多の状態で己を支えるもの。その小説を読んで、人を殺す人もいる。ジョンレノンを撃ったひとのポケットには『ライ麦畑でつかまえて』が。急にこんな話、でも、そうじゃなくて‥それはさ、一人のときに固めた世界でチャージして、外に出ていくときにはより柔軟になるのではないの?子供にとってのファンタジーが、生きる力の竜巻であるように。

一人の世界の中、想像力で、ファンタジーの世界の友人持ったなら。心のなかに、その友人を座らす椅子ができる。その友人が去ったとき、その椅子に、現実の世界の大事な誰かを座らることができる。誰のことばだっけ。

人が成長するのかどうかは危ういけども、その椅子は、それぞれどこかの段階でつくっておきたいものだな。これからだってつくっていきたいものだ。

現実にはありえない、おかしな色の、鮮やかな動物の絵を見て。勇気ある物語を読んで。どんなに忙しくとも、心をなくさず。この世ならぬ美しさと、この世の中の美しさと。

 

原美術館、エリザベス・ペイトンみてきた。NY行ってみたいな。アメリカの身軽さと、ちょっとした欠落と。