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ごらんになりましたか

バルガス=リョサ『悪い娘の悪戯』 -そのうちきっと、ニーニョ・ブエノの夢を見る

f:id:monemor:20170312124521j:plainフランスに住みたいな。ただ、住みたい。パリに。花の都だから。目的とか持たずに、日常を過ごすために。

 

本の感想を書こうと思ったら、難しかった。だって、全部書いてあったから、言葉で。バルガス=リョサノーベル賞作家が70歳頃になって書いた、愛と人生が同じくらいの大きさの、壮大なものがたり。わたしはこのものがたりがたいそう好き、主人公の半生の使い方が、好き。彼の名はリカルディード、タイトルの悪い娘(ニーニャ・マラ)につけられた愛称は「わたしのニーニョ・ブエノ(いいこちゃん)」。

ロンドン、パリ、東京、マドリード、そしてリマ。革命と日常、時代とカルチャーとを横目に、華やかな大都市で、特に夢なく働いて暮らす。友情を大切にしながら。故郷以外の場所で暮らす努力を存分に淡々とこなしながら。宿命の女へのとてつもない愛を、刺激にして。

 

都会に出てるからって、熱い夢追ってなくちゃいけないわけじゃない。夢や目的なくとも、感性と人格が優れていて、そんな主人公がたいそう好き。「欲求不満の物書き」として通訳や翻訳を生業にして、世の中の全てと、つかずはなれず距離を保って。依存せず、孤独せず、自分の力で暮らす。作家の目にうつる世界って、こういうかんじなのか…。

 

抜き出せば他にもいいところはいっぱいある小説なのだけど、半自伝的ともいえるらしいこのものがたりの主人公が好きで、思い出す。リョサの分身なのか、彼の造形、好みなんだよなぁ、こんなふうにふとしばしば思い出すって、恋かなぁ。彼、がむしゃらに熱くなったりしないし、柔和で穏やかな弱い印象なのだけど、目はずっと遠くのある一点をブレることなく見続けていて、それをなんて呼ぶんだろう。知性感性努力冷静情熱、どれもないわけじゃないけど、それらの言葉がピンとこない、膜を張ったような世界との距離感。夢をかなえたわけじゃない、でも秘めた欲求の通りなるべくしてなったといえる、作家の目がもたらす結末。彼はやっぱりはじめから、15歳でニーニャマラに告白したときからずっと、作家だったのだろう。ものを書く前から、彼は作家だった。ニーニョブエノ。わたしの恋するいいこちゃん。

 

リカルドの目で彼と一緒に見てきた半生は、とても魅力的だった。上昇志向強く活動的、積極的に生きるニーニャ・マラにも、現状維持志向で大人しく内向的に生きるニーニョ・ブエノにも、世界は魅力的に開かれている。

 

「どちらにうまれたからって、生きやすいということはない」「でも、うまれてみてごらん、素晴らしいから」

その素晴らしさを見つめるのが、作家の目。リョサのような書き手にかかれば、物書きは人間はすべからく皆、いとおしい。