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ごらんになりましたか

マギーズ・プラン−幸せのあとしまつ−  大島弓子の「数千年未来のアイディア」を、映画でみる楽しみ

映画

マギー:グレタ・ガーウィグ/ジョン:イーサン・ホークジョーゼット:ジュリアン・ムーア 

マギー、ジョン、ジョーゼット、NYの大変優秀かつ「自分に正直すぎてなんかちょっとだめ」な大人たちの、ユーモラスな三角関係 

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さてマギーって、どんな人間?

予告をみただけで気になって、というかもはや好きの域だったので、ヒューマントラストシネマへ行ってきた。インディな雰囲気と、知ってる顔の演者の安定感が興味をひいて。

『フランシス・ハ』(12)でも心撃ち抜かれたが、主演のグレタ・ガーウィグにまたもすっかりはまってしまう。彼女の笑顔は、独特に特別に、あたたかい。
演技もするし、脚本、監督をすることもある。今はニューヨークで名の通るROM-COM(ロマコメ)の女王らしく、もとはマンブルコア(2000年代以降のアメリカの自主制作映画の潮流のひとつ。仲間同士で撮る低予算の会話劇が多い。モゴモゴしゃべってききとりにくいから、マンブル(モゴモゴしゃべる)コアと呼ばれるらしい)の中心人物だったそう。

ダークブルーやオレンジ、紫やターコイズのこっくりした色使いとウール素材の組合せがかわいい、ちょっともっさりめのスタイル。書籍に囲まれて暮らし、ヴィンテージの柄物をとぼけて着こなす。その雰囲気にしっくりくる「抜けてるけど正直で純粋」な根の良い性格。グレタにぴったりの役柄だ。体中にエネルギーがめぐっているしっかりした存在感、愛嬌がある演技。みていてすごく心地良くはまるのだ。

そしてそれらと裏腹のようで同居している、社会人としてまっとうな地盤。(マギーはMBAとMAを持つアート系の専門職。MAって人文・社会学系の修士号のこと。職務内容は少し怪しい)。若手の大学人らしく未来を志向する思考回路の、明るさと賢さ。

NYの大学に勤めながら、人工授精を検討してる。

マギーが不倫して、不倫相手と結婚して、子どもを産んで、夫への愛が失くなって、元妻に夫を「返そう」とする一部始終がこの映画。マギーが丈夫であたたかい人だから、紙に書くと身も蓋もないこの全編が、小気味よいコメディになる。ただ別れるのではなく元妻に返すって、はたからすると只事じゃないけれど、とんまで可愛いマギーの行動がひとつずつ誠実で建設的なので、自然に親近感が持てる。マギーは意外にも論理に強く聡明で、いつでも生活力にみなぎっているのだ。

まぁ、そう、マギーの発想や行動は自分の気持に正直すぎて、自分勝手といわれることがあるかもしれない。少々あるいはたくさん、周囲に迷惑を掛けることがある。でも、自分のことも相手のことも、正直な目で曇りなく的確に見ているから、状況も気持ちもがっぷり受け止める落ち着きと洞察力がある。どの恋人とも半年続かないとのことだけど、息を吐きあって臭いを指摘しあうほどの仲の、どうやら長期的によい距離感を保つ友人がいる。そして、子供との時間の過ごし方にみられる、みる側を思わずほっとさせる「適切さ」。小さな子供との会話が、愛とシアワセにあふれてる。お風呂でシャボン玉をつくる親子の可愛らしいことといったら。子供部屋のベッドで寝付かせるときも。また、実子だけではなくて、夫の連れ子2人との関係性も。自分に無理せず、相手に無理させない適度な距離の取り方。相手を支えること、自分を相手に見せること、どちらも厭わない実直な接し方。


マギーの自分を自分で受け止めきろうとする姿勢から生まれる「自立」と、発想の明るさ、突拍子のなさ。常識よりも強い意志を優先することから生まれる「自由」。損得とは異なる軸を使うやりとり。複雑にもなれるだろうに、でも「悪い人」が出てこない人間関係。
この映画の居心地の良さ、安心感は、大島弓子の漫画に似ている。

例えば大島弓子が漫画で提案する「数千年先の未来」では、性別や慣習にとらわれず、人対人の有り様で、いろいろな人間関係、家族関係を作ることができる。人それぞれの、多様な方法と帰結を持つことが当たり前になる。マギーの動きを追うと、漫画を読んで夢みた未来に、実体がついてくる感覚がある。

「数千年先の未来」というのは、大島弓子の漫画、『夢虫・未草』の林子ちゃんのセリフ。この話を読んでいると、マギーの行動や考え方が常軌を逸したものとは思わない。そういう未来も可能なんじゃないかと、一度は想像することになるから。

『夢虫・未草』は、小学生の女の子、林子ちゃんが主人公の、両親の離婚の話。林子ちゃんの父と不倫状態にあるホステス、子持ちのフランスママが、自分のお店のケーキを手土産に不倫相手の妻、林子ちゃんの母のもとに行き、「自分と、自分の息子と、あなたたちの家族と、みんなで暮らすことはできないか」と提案する。まぁ突飛な考え、ということでその案は林子ちゃんの母により一蹴されて、ケーキもぐしゃっと潰れてしまう。林子ちゃんの母も、フランスママも、それぞれの思いで、林子ちゃんの父を愛していただけなのだけど。それは、フランスママの、心からの提案だったのだけど。
結果、林子ちゃんの両親は離婚する。林子ちゃんの父はフランスママと再婚し、フランスママの息子五月くんとの3人家族となり、林子ちゃんの母は林子ちゃんを連れて田舎の実家へ身を寄せる。2つの家庭は父一人の人事異動で構成員を変えるのみに落ち着き、みんな一緒には、暮らせなかったのだけど。

林子ちゃんと、フランスママの息子五月くんは同級生で、二人がフランスママの提案について意見を交わすシーンがある。
「おれはさあ フランスママのアイディアは 数千年古いと思うな」「あたしはちがう あたしは数千年未来のアイディアだと思ったわ」
子供達の意見は「数千年先の未来」ということで一致し、林子ちゃんも五月くんも、そして読み手のわたしも、2つの家族が一緒に暮らし、それぞれの立場でそれぞれの気持ちのまま、みんなで和やかにお茶を飲む様子を想像する。夫婦関係とか家族関係とか愛とかという、どうやら不確かで思い通りにいかないものをどのように受け入れるか。受け入れた先に、どんなかたちが可能なのか。

わたしは、わがままだろうが風変わりだろうが大騒動になろうが、マギーのアイディアと強引さとそのハッピーエンドを、祝福する。だって、嬉しいのだ。マギーは、そのかたちを、自ら考えて、最善策を求めて行動した。すんなりとはいかなくとも、どの状況も大した失敗には見えなかったのは、マギーのキャラクターだろう(それから、ジョンのキャラクターも。自分を見失いがちなだめさがいよいよキュートでセクシーな人。)(さらには、ジュリアン・ムーアジョーゼット。この人がまた、腹の底から自己チューで天を衝くほど聡明)。

完璧な人は誰もいなくて、みんながみんな、大人も子供も、迷惑を掛け合いつつ受け入れ合う。数千年経つ前に、こんなかたちのハッピーエンドが、実写の、納得感のある人間関係の描写で上映されたこと。「数千年先の未来」のハッピーエンドの夢想者にとって、これはかなり、嬉しい。

自分の頭で考える、自分の心で感じる。自分と他人の関係性の可能性を、自分勝手に諦めないマギーの人となりに触れると、不思議に明るい気持ちになる。「おとなだって、感じたことに正直に、譲らず、自分を貫くことがあってもいいんじゃない?」マギーのケースをお手本にするなら。林子ちゃんならどう思うかな。(林子ちゃんのママは、うつくしく凛とした、大人の女性だった。自分に誓い、取り乱れる気持ちを抑え、ことを荒立てず、過ぎ去り収まるのを待とうとするような。美術館で二度ほど見掛けたあの静かで鮮烈で幽玄な絵、誰のなんてタイトルだったろう…狐だったか…華奢な女性だったか…うろおぼえすぎる、昔の日本の。そのくせ、林子ちゃんママに似ていたことは、よく覚えている。)わたしは失敗ばかりで子供じみているから、マギーのこと考えると未来を行く勇気が湧くよ。贅沢な希望みたいなもの。神様があたまをなでてくれる、その手をかんじるようなこと。

  

パンフレットより気に入ったところ

レベッカ・ミラー(監督・脚本・プロデューサー)インタビューより

「でもこの作品の感動的なところの1つは、登場するすべての人々が、結局は持ちつ持たれつの関係にあるという点です。皆がある意味互いの面倒を見ている。それは、とても美しいことなのではないかと私は思います。私たちは皆、互いのギャップを埋めようとするところがあるし、人間の本能で、家族を作ろうとする。そうしてできた家族が、当初意図した形ではないかもしれないし、再編成もあったりする。それでも、最後にはどうにか落ち着くものだと思うのです。たとえそれが少し変わった形であっても。」

 

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MAGGIE'S PLAN

監督・脚本・プロデューサー:レベッカ・ミラー         

原案:カレン・リナルディ/プロデューサー:レイチェル・ホロヴィッツ/ 撮影監督:サム・レヴィ/美術:アレクサンドラ・シャラー/編集:サビーヌ・ホフマン/衣裳:マウゴシャ・トゥルジャンスカ/音楽:マイケル・ロハティン/音楽監修:アダム・ホロヴィッツ